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Webコラム ケイバ七不思議




疑問、感動、解明、反論、書きたいことを書いちゃいます。


【その1】ナリタブライアンはなぜ高松宮杯に出走したのか? (H12.10.31)
【その2】府中牝馬Sとエリザベス女王杯をめぐるあれこれ (H13.6.20)



 

【その1】
ナリタブライアンはなぜ高松宮杯に出走したのか?
(H12.10.31)



■意表を突いたスプリントG1出走
今は亡きナリタブライアンの現役最後のレースとなったのが平成8年の高松宮杯。高松宮杯はこの年から1200mのG1に変わったばかりだったが、そこにずっと中長距離で活躍してきたブライアンが意表を突いて出走するというのだから、物議をかもしたものだった。

3200mの天皇賞を2着した直後の1200m戦出走。果たして三冠馬ブライアンはスプリント戦に対応できるのか? そもそもそんな妙なローテに問題はないのか?等々…。結局、ブライアンはスプリント戦ではエンジンの掛かりが遅く、4着に追い上げるのが精一杯。さらにはその後、屈腱炎を発症し、目標としていた宝塚記念には出走できないまま引退してしまったりしたので、さらに議論は続いたわけだが、私自身もこのあたりのモンダイには大いに興味があったのだった。


■調教師がズバリ本音を?
すると、しばらくたってから出た別冊宝島の競馬読本シリーズ、『競馬名馬&名勝負読本'97』に「高松宮杯出走は、絶対に間違っていなかった!」という記事が載っているのを見つけたのである。「大久保正陽調教師の『オレにも言わせろ!』」とか、「今だから語れるナリタブライアンの平成8年」なんてこともタイトル横に書いてあったので、調教師がズバリ本音を語ったのか〜! こりゃ面白そうだ!と期待しながら読み始めたのだった。

記事は大久保正陽調教師へのアポ取りの話から始まっていた。どうもこの件に関して師のガードはかなり堅いようだ。ブライアン参戦時のマスコミ報道のこととか、この年の競馬番組改革についての解説等を挟みながら、二度、三度と大久保師へアプローチを重ねた時の状況が書いてある。なかなか「大久保師の本音」という本題には入らないのである。そして、最後にはどうにもインタビューの承諾が取れないので、「宮杯の出走は先生の信念ですよね。いろいろと報道されましたが、間違ってませんよね」と何度も何度も尋ねたのだが、師は全く答えようとしないというのだ。取材にあたったライター・松元ヒロシ氏の涙ぐましいまでの苦労がしのばれる文章である。

しかし、その質問を何度も何度も繰り返していると、師はボソッとつぶやいたそうだ。「ええ、もちろん」と。そして、おお〜、ここからいよいよ本題に入るのか〜と期待しつつページをめくると、なんと記事はそこで終わっていたのだった…。

結局のところ、身もフタもなく要約すれば「色々努力したけどインタビューできませんでした」という記事だったのである。あのタイトルでこの内容はないだろ〜と思ったものだが、まあタイトルというのは色んな事情があってつけられるもので、あまり人のことを言い過ぎるのも…(苦笑)。松元氏が全力で仕事に取り組んだということは十分理解できたし、取材にそんなに苦労するものなのかということだけだって興味深い話なのでまあいいのだが、それより「競馬番組表ウオッチャー」として、非常に疑問に思ったのは記事中にあった次のような部分である(おお〜、この文章もやっとここから本題に入る)。


■ブライアンはG2に出走できない?
平成8年は番組改革のあった年だった。宝塚記念が後ろへ移動したため、従来、中6週だった春の天皇賞と宝塚記念の間隔が、中10週となってしまった。すると、それでも天皇賞→宝塚記念と直行するか、それとも一つレースを挟むかという選択肢ができてきた。そこで、記事は続けるのだ。「ブライアン級の馬になるととてもじゃないがGII、GIIIレベルのレースには出走できない。なぜならハンデ戦やら賞金別定戦でとんでもない酷量を背負わされるハメに合うからだ。となると残された選択肢はただ一つ、GIに出るしかないのである」。そして、間に高松宮杯を挟むか、安田記念を挟むか、どちらかしか道はないというのだ。

まあとりあえず、1200mの高松宮杯よりはマイルの安田記念に出走した方がいいんじゃないの〜という疑問はさておき、「ブライアン級の馬になるととてもじゃないがGII、GIIIレベルのレースには出走できない」ってのはさてどういうことだろうか。この年、現にブライアンは天皇賞へのステップとして、GII阪神大賞典に出走し、かの有名なマヤノトップガンとの一騎打ちを制しているのだ。この時の斤量は59キロ。軽いとは言わないが、ステップとなるGIIへ出走するGI馬としては妥当な範囲内だろう。少なくとも酷量なんてことは全然ない。

じゃあ、天皇賞と宝塚記念の間には適当なGIIがないということなのか? そんなこともないのだ。天皇賞と宝塚記念の間隔が開いたため、JRAはちゃ〜んとステップとなるGII戦を用意していたのである。それまでGIIIハンデ戦だった金鯱賞をGII別定戦へ変更し、宝塚記念へ中3週という適切な場所に置いていたのだ。この年から金鯱賞の距離は2000mになっており、ブライアンが出走していれば斤量は59キロのはずだった。距離も斤量もレース間隔も、宝塚へ向けて何の無理もないステップが踏めたはずである。

だいたいが、この金鯱賞にしても阪神大賞典にしても別定戦といっても賞金別定戦ではないのである。グレードレースの勝ち鞍により加増される別定戦なのである(ここではグレード別定戦と呼んでおく)。どちらも基本斤量からGIIを勝っていれば1キロ増、GIを勝っていれば2キロ増という規定だ(ただし、3歳時のレースを除く)。

じゃあなに、ブライアンは4歳以降にGIを4勝してるから、2×4=8キロ増ってわけ!?な〜んていう心配はご無用。GIは何勝していても2キロ増でOKなのだ。GIを何勝もすると実質GIにしか出走できなくなってしまうような番組をJRAは作っていないのである。そして、GIIの賞金別定戦とグレード別定戦の番組上の配置の仕方も、ちゃ〜んとよく考えられているのである(どう考えられているかは、そのうち書く機会があれば…)。


■高松宮杯出走、その真相とは…
さてさて、それではナリタブライアンが1200mの高松宮杯に出走した真の理由は何なのだろうか? 先ほどの別冊宝島の記事中で大久保師は「4年か5年か、ブライアンの子どもが出てくる頃までは、それにまつわるお話はしないでしょう」と答えているので、ブライアン産駒がデビューした今、もしかしたら大久保師が語る可能性もあるのかもしれないが、私個人としては三つほどその理由として推測していることがある。

一つは大久保師が管理する○○○を見ていればわかること、もう一つは高松宮杯当日の×××から推測できること、そして、もう一つはナリタブライアンの△△△に関するウワサを耳にしたこと、てな感じだが、まあ、あくまで個人の推測の域を出ないし、何かと差し障りがあるかもしれないので、ここに書くのはやめときます。ってそれじゃ、タイトルと内容が一致してない!って人のこと批判してる場合か〜!って言われそうですな(笑)。それにしても、こんな私といえども、もうその話題の主、ナリタブライアンがいないってことには、ちょいとばかりさびしい思いをしているのも確かなのである。




 

【その2】
府中牝馬Sとエリザベス女王杯をめぐるあれこれ



以下の文章は、とある番組表研究サークル(会費は無料だったかと思います。会費ウン十万ではありませんので、念のため(^^;))の会報へ私が平成6年の秋に投稿した文章です(こうして考えると、月日の経つのは早いもんだなぁ〜)。まあ、青臭いところもありますが、多少なりともお役に立てるところがあれば…とアップしてみました。内容はほぼ当時の原文通りとなってます。(H13.6.20)



■ノースフライトを探せとはどういうことか?
番組表界の第1人者と目される片岡勁太氏の人気にはなかなか根強いものがある。『ゴールド』連載を止めてしまった氏だが、雑誌『競馬NOW』第9号では秋のG1 3戦について見解を寄せていた。番組表界の第1人者なら番組表界の岡部幸雄になるというのか、いや番組表界の小島太と言うべきか(「太」という字が入っているし)、我らが片岡氏の見解とはいかなるものであろうか。

菊花賞はナリタブライアン、天皇賞はビワハヤヒデ。馬名だけ聞けばなんともまっとうな予想だが、この2レースについては具体的な馬名が挙げられていた。ところが、エリザベス女王杯については「ノースフライトを探せ」と、去年の2着馬の名前しか書かれておらず、今年出てくる馬の名前は挙げられていない。では「ノースフライトを探せ」とはいったいどういうことなのか? 「ノースフライト」とは、エリザベス女王杯2着馬とは、どのような特徴を持った馬だったのだろうか?

答えはあっけないほど簡単である。馬連開始、平成3年以降のエリザベス女王杯出馬表を開いてみればよい。

5年2着ノースフライト、4年2着メジロカンムリ、3年2着同枠キタノオゴジョ、これらの馬に共通するのは「府中牝馬S(旧牝馬東タイ杯)連対歴」である。これは、この会報の前号でも述べられていたことだし、林正氏の著書でも述べられていたことではあるが…。

「なるほど、エリザベス女王杯は府中牝馬S連対馬から買っていればいいんだな、こりゃ簡単すぎて大変だ。」

確かに簡単である。あまりに露骨すぎて、片岡氏もこの部分だけは雑誌で具体的に書くわけにはいかなかったということなのだろう。しかし、これでエリザベスはいただきかというと、そうは問屋がおろさない。


■エ女王杯2着型の変化
今年エ女王杯2着枠が変化するだろうことは、私にはある程度予測がついていた。それは府中牝馬Sがマル混化されたからである。「レースの設計が変わった時、そのレースの機能も変化する」…これは片岡理論の基本的な原則なのだ。

「ちょっと待ってくれ、設計が変化したというのなら、そもそも府中牝馬Sにはもっと重大な変化が2年前にあったはずだ。なにしろレース名そのものが変わってしまったんだから。それなのに、旧レース名時代の平成3年も、それ以降の2年間も機能が変わっていないように見えるのはいったいどういうわけなんだ?」

なるほど、もっともな疑問である。これでは都合の良い部分だけ取り出して解釈する、よくありがちな話になってしまう。


■「重賞競走勝ち馬一覧表」の秘密
実は今年府中牝馬Sの性格が決定的に変わってしまうのではないかと予測できたのはマル混化に加えて、また別の変化が番組表の表記にみられたからである。

競馬場などで配られる簡易版の秋季番組表最終ページには「重賞競走勝ち馬一覧表」という欄がある。平成4、5年秋季番組表のこの欄には重大な誤植があった。「府中牝馬S」と書かれるべき部分がなんと「牝馬東タイ杯」と書かれていたのである。とっくの昔にレース名は変更されているというのに、この欄だけは2年間も旧タイトルが据え置かれたままだったのだ。

いくら万能の中央競馬会といえども、まさか東京タイムズの廃刊まではコントロールできまい。しかし、現実には新聞は廃刊となり、タイトルは変えざるを得なくなった。けれど前年から既にスタートさせていたエ女王杯に対する牝馬東タイ杯の新機能は途中で止めるわけにはいかず、せめてこの欄でそのことを示しておきたかったのではないか、と考えられるのである。

そして、今年本家のタイトルに2年遅れて、ついにこの欄のタイトルも「府中牝馬S」に変更された。エ女王杯2着枠に対する機能の変更が示唆されたのである。

「お前は予測していたなんて言っているが、ホントは府中牝馬Sが終わって4歳馬が連対しなかったから偉そうに断定できてるだけじゃないのか」

確かにその通り。「予測」といっても、すでに府中牝馬Sの終わった今の段階でこのことを書くのはあまり威張れた話ではない。けれど、ともかく府中牝馬Sに出てきた4歳馬は予定通り何の仕事もしなかったのだ。今年のエ女王杯では、少なくとも単純な2着型の継承が行われないことは、はっきりしているのである。


■レースの設計変更について考える
ところで、「レースの設計が変わった時、そのレースの機能も変化する」と先ほど書いたが、これは原則ではあっても絶対的な法則なのかどうかはいささか怪しい。たとえばチューリップ賞などは一番顕著な例で、開催週日が変更になろうが、中京でやろうが、G3になろうが、相変わらず桜花賞へのルートとして機能し続けている。今年こそアネモネ組だ、と思ってやられている人も相当いることだろう。

府中牝馬Sには実は昨年も若干の変更点があった。それは新たに「府中市長賞」が付与されたことである。しかし昨年の段階では、やはりエ女王杯に対する機能変更はなかったのである。

余談になるが、新たに付与された「市長賞」に関連して、去年の府中牝馬Sには非常に明快な出目の連動がみられた。

「市長賞」を付与されたG3戦は、府中牝馬Sを含めてたった3レースしかない。あとの2つは札幌記念と函館記念である。その2レースの去年の出目は次のようなものだった。

レース名 頭数 枠 連 馬 連
札幌記念 14頭 7 − 6
(11,12)−(9,10)
11−9
函館記念 15頭 7 − 4
(12,13)−(6,7)
13−7
※1着→2着の順に表記
※枠連のカッコ内は連対枠に入っていた馬番


枠番で見ると7枠を軸として、相手枠は偶数枠を6→4と2つずつ減少していくように見える。また、出走頭数は14頭→15頭と1頭増えているが、それに伴い、1着枠に入った馬番が(11、12)→(12、13)と1つずつステップアップしていくように見える。そして、府中牝馬Sは出走頭数がまたきっちり1頭だけ増え、以下のような結果となったのだ。

レース名 頭数 枠 連 馬 連
府中牝馬S 16頭 2 − 7
(3,4)−(13,14)
3−13
※1着→2着の順に表記
※枠連のカッコ内は連対枠に入っていた馬番


1着枠と2着枠が入れ替わったものの、まったく偶然とは思えないほど見事な規則性ある連動が見られる(しかもその枠に入った馬たちの戦歴も前年の連対枠馬たちに非常に似ていたのだ)。これで、枠連で2000円以上もの配当がつくのだから、馬券で食っていくのも夢ではないか…などと思ってしまうが、そう思った人はぜひ今年のこの3レースの出目を調べてみてほしい。

番組表を読んで馬券を当てるのは、それほど簡単な話ではないのである。


■ツルマルガール「注」の意味
さて、『競馬NOW』の片岡氏の記事に戻ると、「エリザベス女王杯大予想」というページで、氏は◎も○もつけず、ただ1頭ツルマルガールにだけ「注」をつけていた。しかし、その具体的な解説はなされていない。

また、「番組表研究の若きトップランナー」高杉孝太郎氏もゴールド誌上で、ツルマルガールに注目していた。

番組表読み屋がツルマルガールに注目するのはなぜなのだろうか?

春季番組の終わり〜夏季番組にかけて、一連の地方競馬招待定量オープン特別が設計されたのは平成4年のことだった。そして、このオープン特別を連対した馬の中からその秋のG1を勝つ馬が連続して出現している。

平成4年、一連のオープン特別には「○○賞」というタイトルがつけられていた。この年、テレビ愛知「賞」を2着し、秋の天皇「賞」をとってしまったのがレッツゴーターキンである。

翌年、一連のオープン特別は「○○オープン」という他に類例のないタイトルにいっせいに変えられた。そしてこの年、札幌日経オープンを勝ったシンコウラブリイが他に類例のないタイトルのG1マイルチャンピオンシップを勝ったのである。

この調子で、タイトルが「杯」になればエリザベス女王杯馬が出現し、「ステークス」になればスプリンターズS馬が出現してくれれば、こんなに楽な話はないのだが、まさかそこまで甘くはないだろう。しかし、とにもかくにも「定量戦は定量戦歴がポイントとなる」という片岡理論の基本原則通りの現象が起きてきたのだ。

そこで、今年もこれらオープン特別の連対馬に要注目ということになるのだが、その中でもなぜツルマルガールなのだろうか?

高杉氏は『競馬ゴールド』10月号で、小倉日経オープンの設計変更に注意を喚起していた。当初10Rに設計されていたこのレースが急遽(?)分割不能の11Rに設計変更されたというのである(ちなみに、今年11Rに設計された秋季G1競走は1レースだけある)。

けれど、設計変更があろうがなかろうが、小倉日経に注目できる要素は最初からあった。

今年、夏季番組には、オープン馬のローテーションに柔軟性を持たせる一方で、ファンに対しては毎週目玉となる重賞競走を提供する、という名目で大きな開催週日の変更が施された。その影響を最も大きく受けたのが小倉開催である。以下は、昨年と今年の小倉開催中距離オープンクラス競走の開催週日を比較したものだ。

平成5年
3小2 小倉日経OP
3小8 北九州記念
4小6 小倉記念
平成6年
3小4 北九州記念
3小8 小倉日経OP
4小2 小倉記念

昨年は(これ以前も)中2週、中3週というきわめて順当な間隔でレースは組まれていた。しかし、今年はいくら他場の重賞と重ならないためとはいえ、あまりにひどすぎるローテーションになってしまっている。小倉日経と小倉記念などは連闘なのだ。このためかどうか、ローカル狙いの弱小オープン馬がひしめくはずだったハンデ戦のG3小倉記念は、なんと馬連発売なしの8頭立てになってしまったのである。そして何より注目されるのは、小倉日経と北九州記念の順序が逆転したことだ。通常、前哨戦のオープン特別→メインの重賞となるべき設計が逆転し、地方競馬招待という特殊競走とはいえオープン特別にすぎない小倉日経が開催最終日のメイン競走として組まれたのだ。

ダービーなどの例外もあるが、通常開催最終日のメイン競走には、その開催全体を代表するレースが組まれる。小倉日経は重要だと番組表は語っているのだ。そして、そのレースを4歳牝馬ツルマルガールは楽勝したのである。

私は、片岡氏の打った「注」の背景にはこんなことがあるのだろうと考えているが、いかがなものだろうか…。
  《その後の一言》
何だか、これを見るとツルマルガールはいかにもエリザベス女王杯で走るような気がしてきますが(自分では当時そう思っていた)、残念ながらこの後、故障してエ女王杯には出られませんでしたね〜.。(H13.6.20)



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